2005年12月18日 (日)

原作

ms-gensaku1 映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』(森脇 道 著)には原作があります。

写真の本はワニブックスから出版されたものですが、アマゾンで中古本を買えるようです。

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ストーリー

主人公の北山洋(池末 誠)は、小説家を目指している落ちこぼれの高校三年生。隠れ家がわりのダルマ船の中でパソコンに向かって悶々とした日々を送っていたが、ある日「鳥のように自由に空を飛んでみたくなっちゃった』という幼なじみで自由奔放な少女、桜木蛍子(古賀文絵)の一言で飛行機(ULP)作りに奔走するハメになる。
 いつでも男を馬車馬のように突き動かすのは”美”だ。洋の不純な動機からの飛行機作りは、阿蘇高原で偶然ファンタジックなULPの乱舞を目撃したことでますますエスカレートしていく。
 この二人に、成績優秀の篤(益田千次)、お寺の倅将吾(近藤圭史)、ロックンローラーのハジメ(小森順二)、まじめだが気の強い潮音(衛藤愛)、そして、曰く付き転校生健太郎(高市直亮)らが加わり自らの手でヒコーするべく奮闘が始まる。
 そんな7人のギャングたちは、洋と仲良しの老人伴巌(天本英世)や型破り女教師鬼塚小百合(鳥越マリ)らに見守られながら、資金集めのためアルバイトに励むが、なかなか目標金額には達しない。ヘトヘトになった末に7人が考え付いた名案とは・・・果たして飛行機(ULP)は飛ぶのか・・・。若者のエネルギーを燃やし尽くした青春の数々が、九州ならではの美しい自然や街を背景にみずみずしく描かれている。

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2005年12月16日 (金)

撮影が終わってから(1)

☆ この映画を三大事件が襲う

その1 K・S覚せい剤事件

 撮影がアップしてしばらくもしないで、ある日突然、俳優で歌手のK・Sが覚醒剤事件で逮捕された。
 3度目の逮捕で実刑判決を受けた事件で、悪質だということで新聞・テレビ・雑誌は一斉にこのニュースを流し、テレビ各社が撮り直しを迫られたり放送自粛をするとか、東京の芸能界では大変な騒ぎになった。

 このとき九州発映画は仕上げの準備を進めていたが、筑豊の片田舎でこのニュースに大いに驚き固唾を飲んでじっとしていた。実はそのK・Sが主人公洋の父親役で映画に出演していたからだ。
 ロケ現場でが肌身はなさず所持していたバックに覚醒剤が入っていたことが伝えられると、スタッフの何人かがそのバックを撮影中に預かって持っていたなどと言い合い、九州スタッフはリアルタイムで一面トップの芸能ニュースを身近なこととして体験した。

 我々はこの事件で、最初の大きなダメージを受けた。
 僕は、このとき大いに迷った。映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』にが出演していることを積極的に発表するか、東京のマスコミの情報網からも隔絶された筑豊で死んだように口を閉ざしているか、どちらがダメージが少ないかどうかを。

 結局僕は、事件が沈静化することを願ってただ黙って見過ごしていたが、撮影が無事クランク・アップしたことをマスコミ各社に連絡することすら出来ず(マスコミの多くはが出演していることを知っていたはずだから)悶々とした毎日を送った。
 ロケ先の黒川温泉で再撮影をするとなると新たに莫大なお金がかかるし、僕らはひそかに映画からのタイトルをはずして、誰にも知られないようにしながら東京のスタジオで仕上げ作業を行った。


その2 阪神淡路大震災

 九州は福岡での先行ロードショー(1995年4月15日)を決めて、東京と九州を行ったり来たりして東京や大阪での上映を進めているときに、阪神・淡路大震災は起こった。

 その日僕はたまたま早起きをして、居間でテレビをつけて新聞を読んでいた。最初の頃のニュース速報はのんびりしていたが、その割には発表されている震度が大きい。そのうち、かなり大きな地震だという伝え方に変わってきたがまだのんびりした雰囲気だった。その頃、僕はもうチャンネルを切り替えながら地震の様子を知ろうとしていが、どの局のニュースキャスターも落ち着いた語り口で地震速報を伝えていた。恐らく、僕のように慌しくチャンネルを切り替えていた人たちは、前代未聞の大地震ではないかと感じていたのではなかろうか。
 現在進行形で、リアリティを持ってテレビを見られるようになるまで1時間半以上はかかったような気がした。

 阪神・淡路大震災は、九州から中央への新幹線を完全に止めてしまい、新幹線で大阪・名古屋・東京を往復しながら上映を決めていこうとしている僕に大きなダメージを与えた。また、新幹線がストップしたことで飛行機までしわ寄せが及び、思うように飛行機の切符が取れなくなって動きを封じられた。動きを封じられると、自分のペースががたがたと崩れていった。

 東京で約束をしているとき、大震災で思うように動けないと約束の変更を申し出ても、相手はねぎらいの言葉までかけて『ゆっくり、回復してから上京したらよい』と答えてくれるが、それがスピードを求められる映像ビジネスの世界では致命的になる。
 『鬼ごっこ』で、こちらでいうアブラムシ(みそんちょ)のような存在になった。いてもいなくても、ゲームにはかかわりのない存在として大の大人が許されることは屈辱的ですらあった。


その3 地下鉄サリン事件

 阪神・淡路大震災からしばらくして、やっと新幹線が動き出した頃、あの地下鉄サリン事件が起きた。
 これは致命的だった。
 東京の新聞や雑誌の記者たちと会って、「本当に九州の筑豊あたりで映画づくりをしているのか?」という率直な疑問に、僕が「そうだ」と答えるとほとんど皆の記者が「それは面白い、東京での上映が決まったら書くから」と約束してくれていたことがすべてパーになった。記者個人の問題ではなく、昭和天皇崩御の時のようにマスコミ全体が喪に服したような状態になり、地方発の映画なんか完全に何処かに吹っ飛んでしまった。

 そして3ヶ月ほど経って、地下鉄サリン事件のほとぼりがさめようかという六月のある日、僕は東宝のY氏の尽力で日比谷の東宝本社試写室でマスコミ試写をやろうとしていた。
 午後一番の試写で、僕は早めに東宝へ行って何人来てくれるだろうかと心待ちしていたら、「函館でハイジャック オームが関与か」というニュース速報がお昼頃流れた。
「参った・・・」
 NHK出版の記者が来てくれたから、「ハイジャックのニュースを知ってて、来てくれたんですか」と聞いたら知らなくて、試写も観ずに慌てて取材だけして帰っていった。
「万事休す・・・」 

それから4年後、僕は九州発映画「スーパー・ハイスクール・ギャング」の全国公開に向けて再び始動しようとしたのですが・・・。

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